やんばるとは、沖縄本島の北部地域を指す俗称です。森が広がっているため山原(やんばる)と呼ばれるようになったようです。春になると新緑が美しい常緑広葉樹の森が広がっています。やんばるの森は古くから人々の生活に利用されてきた森であり、原生林は存在しません。特に戦後は地上戦からの復興や食糧増産のためかなり伐採されたようです。近年、エネルギー転換や建築様式の変化もあり、復帰前と比べ森は復活してきているようです。
森へ分け入ると、あちこちに炭焼き窯や耕作地の跡が残っています。瓶や茶碗など生活の痕跡もあります。耕作地の跡のような場所もあります。かつて切り開かれていた森が現在どのような状態になっているか追ってみました。観察場所は森の中に残る炭焼き窯の跡地です。
かつて伐採され、薪炭の供給地となっていた場所も、私の背より高いオニヘゴが繁茂していました。森が復活し、炭焼きの記憶は消えつつありました。炭焼き窯の跡は、高さ1.5mほどの土や石積みの壁に囲まれた直径2m程度の円形をしています。正面に炭を出し入れした、人がやっと通れる切れ込みがあります。使用している頃は土の天井があったはずですが、現在は天井が崩れ落ちており、真上から見ると視力検査で用いるランドルト環のような形状です。台風が通過した直後に訪れてみると、周囲の木が倒れ込み、石垣の一部も崩壊しました。落ちてきた枝も散乱していました。窯跡はどんどん森に呑み込まれ消えつつありました。
炭焼き窯跡にオキナワトゲネズミが住み着いていました。やんばるの森でもごく限られた場所にだけ生息している固有種です。国指定天然記念物、国内希少野生動植物種に指定されているネズミです。棘上の毛があるのが特徴です。やんばるに生息する動物の中で、もっとも絶滅の危険性が高い動物の一つです。昔、人間が積み上げた石積みもオキナワトゲネズミの格好のすみかとなっていました。壁が途切れる窯の入り口の前で見事なジャンプを見せてくれました。尾をピンと立ててバランスを取っているようでした。ジャンプする行動はオキナワトゲネズミの特徴的な行動の一つです。前脚で器用に餌を持って食べる姿も見せてくれました。雨の夜、炭焼き窯跡の壁際で雨宿りするオキナワトゲネズミもいました。仲睦まじしく寄り添っているようにみえました。昼間に活動する事もあるようです。夏の早朝、石積みからひょこりとオキナワトゲネズミが顔を出した事がありました。こちらが息を殺してじっとしていると、用心深く周囲を伺いながら石積みの隙間から出てきて餌を探していました。偶然ホントウアカヒゲが近寄ってきたので天然記念物の共演となるシーンもありました。
ヤンバルクイナも複数の個体が出入りしているようでした。人により積まれた石積みの前を闊歩していました。ランドルト環のような形状をした炭焼き窯跡の中は、陰湿で草も生えていません。内部に落ち葉が溜まっていました。そこでミミズでも探しているのか、ヤンバルクイナが窯跡の中で餌を探しているようでした。
ホントウアカヒゲはやんばるの固有亜種です。とても愛らしいフォトジェニックな小鳥です。ホントウアカヒゲは林床をぴょんぴょんと跳ねるように移動したり、シダの下などを低く飛んだりして活動しています。近くに巣を作り子育てを始めたホントウアカヒゲがいるようで、イモムシを咥えて運んでいる個体がいました。飛び去った方向からヒナの鳴き声も聞こえてきました。すぐ近くのスダジイの根元でホントウアカヒゲが子育てしていました。巣の中では、ヒナが口を大きく開けて親鳥に餌をねだっていました。
台風で落ちてきたスダジイの枝。時間が経って朽ちてくると、ノグチゲラがつついて餌を探していました。ノグチゲラは林床でもよく餌を探す事が知られています。
冬になると、やんばるの森にも多くのシロハラが渡ってきて越冬します。
珍しいお客様も現れました。トラツグミがやんばるの森へと渡ってきていました。一緒に、奥に落ちている枝の上にウグイスも写っていました。
アマミヤマシギも渡ってきました。見事なカモフラージュで森の林床に溶け込んでいました。
炭焼き窯跡の中は、あまり陽が当たらず湿っています。かつて炭を焼いていた窯の中にリュウキュウヤマガメが潜んでいる事もありました。
ワタセジネズミは小さなモグラの仲間です。石積みをよじ登っていました。
夜間、窯跡の周囲をオキナワコキクガシラコウモリが飛ぶこともありました。昼間は洞窟や岩の隙間、林道下に設置された暗渠の中などで休み、夜になると森林内を飛びながら昆虫などを捕らえます。
炭焼き窯跡周辺の斜面で、フカノキの大木にカシノキランが着生し花を咲かせていました。一つ一つの小さな花は1cmにも満たない大きさですが、とても愛らしい花です。
秋になるとスダジイなどに寄生するヤッコウソウも生えてきました。その様は、まるで森の復活を祝って踊っているようにみえました。
森が復活した現在では、多くの野生生物が闊歩していました。森は薪炭や食料の供給地から、生物多様性の維持という新たな役割を担っているようでした。